東京地方裁判所 平成9年(ワ)3429号 判決
原告 佐々木美代子
被告 医療法人社団りんご会
右代表者理事長 高木繁夫
右訴訟代理人弁護士 高芝利仁
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金一億三五〇〇万円及びこれに対する平成七年二月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告が開設する東十条病院(以下「被告病院」という。)に入院中に死亡した石崎廣(以下「廣」という。)の長女である原告が、被告病院の医師らが、廣に透析を行う際に、ドライウェイト及び除水量の設定を誤ったため肺水腫を発生させ、その結果、廣に気管切開手術を受けさせて言語及び咀嚼の機能を喪失させたこと、また、廣の内シャントの管理を怠ったためこれを閉塞させて使用不能にし、静脈等への穿刺、静脈露出術及び抗血液凝固剤の使用等により大量の出血を生じさせたにもかかわらず、止血及び輸血等の措置を怠り、その結果、廣を出血のショックにより死亡させたことなどが、債務不履行又は不法行為に当たるとして、被告に対し、損害賠償を請求した事案である。
一 争いのない事実等
以下の事実は、当事者間に争いがないか、証拠上明らかに認められる。
1 当事者
原告は、被告病院において死亡した廣(明治四三年八月二四日生)の長女であり、被告は、東京都北区東十条三丁目二番一一号において被告病院を開設している医療法人である。
2 廣が被告病院に入院するまでの経緯
廣は、平成元年ころから腎障害により東京都立駒込病院(以下「駒込病院」という。)への入退院を繰り返していたが、平成六年八月五日、腎機能の急性増悪により駒込病院に緊急入院し、同月六日、透析治療が開始され、その後週三回、透析治療を受けるようになった。
廣の血管は、高齢、血管の脆弱性、動脈硬化等により、本人の血管を使用した内シャント(動脈と静脈を直接接合して動静脈瘻を作り、これに反復穿刺することによって長期の透析を可能にする方法)の造設が困難であったため、内シャントを造設するための人工血管(グラフト)を造設する必要があったが、駒込病院には血管外科医がいなかったことから、廣は人工血管の造設手術を受けるために、同年一二月一四日、東京都立大久保病院に一時転院し、同月二一日、同病院で右上腕部に人工血管造設の手術を受け、平成七年一月六日、再び駒込病院に帰院し、その後は同病院で透析が行われていた。同月二五日の廣の心胸郭比(胸部レントゲン写真で心臓の直径と胸部の比のことをいい、心臓の直径を胸郭で除した数値が五〇パーセント以下であるのが、正常値である)は、五七パーセントであった。
駒込病院に入院当時、廣の血中ヘモグロビン濃度(以下「Hb」という。)及び総蛋白濃度(以下「Tp」という。)は次のとおりであった(乙一。単位はいずれも一デシリットル分のグラムである。)。
年月日 Hb Tp
平成六年八月六日 六・五 六・一
同七年一月二五日 九・三 六・二
駒込病院における廣の状態は安定しており、同病院においては週三回の透析を行っていたが、透析前後の体重の増加は〇・五キログラム程度であったことから、被告病院に転院するにあたり、今後、週二回の透析が可能であると推察されるとの駒込病院からの申し送りもあった(乙一)。
また、駒込病院の被告病院への申し送り(乙一)では、透析条件は、ドライウェイト(体内に貯留した過剰水分を透析により除去した基準体重。以下「DW」という。)は五五・四キログラム、週三回、一回三時間であり、また、平成六年八月五日当時、廣の胸部レントゲン写真上、左側胸水貯留が認められていたが、左側胸水貯留を改善するために、DWの設定を下げていくと、透析中、血圧が低下することがあったことから、駒込病院においては、胸水貯留について経過観察としているとされていた。
3 被告病院への入院
廣は、平成七年一月三〇日、駒込病院から被告病院に転院した。
被告病院への転院当時、廣の病状等身体の状態は、次のとおりであった(乙一)。
(一) 慢性腎不全のほか、多発性脳梗塞及び高血圧も患っていた。
(二) 心胸郭比は六九パーセントであり、肺にうっ血症状を呈し、左心室肥大の状態であった。
(三) 足や背にエデマ(浮腫)があった。
被告病院における廣の担当医は、被告病院内科部長である医師井上通泰(以下「井上医師」という。)と被告病院医師西田進(以下「西田医師」といい、井上医師と西田医師を合わせて「担当医」ということがある。)であり、両医師が、廣の透析等の診療を行った。
4 透析の実施状況等
平成七年一月三一日(廣が被告病院に入院した日の翌日)から同年三月一〇日(廣が気管切開手術をした日の翌日)までの間に行われた廣の透析におけるDWの設定値、廣の体重、除水量等の変化は次のとおりである(乙一。DWの設定値、透析前の体重及び透析後の体重の単位はそれぞれキログラム、総除水量の単位はリットルであり、透析前の体重について、数値の後に*が記載されているものは、バスタオル(〇・三キログラム)を含んだ重量である。)。
月日 DWの設定値 透析前の体重 透析後の体重 総除水量
一月三一日 五五・四 五五・〇 五四・七 〇・六
二月二日 五五・〇 五四・八 五四・九 〇・三
同月四日 同 五五・三 五五・〇 〇・四
同月七日 同 五四・九 五四・九 〇・一
同月九日 同 五五・一 五五・〇 〇・三
同月一一日 五四・五 五四・九 五四・五 〇・六
同月一四日 同 五四・八 五四・四 〇・六
同月一六日 同 五四・三 五三・八 〇・七
同月一八日 五三・五 五四・〇 五三・六 〇・八
同月二一日 五三・〇 五四・〇* 五三・二 一・二
同月二三日 同 五四・一 五三・五 一・三
同月二四日 同 五三・三* 五一・五 三・〇
同月二五日 記載なし 五二・二* 五一・二 一・五
同月二七日 同 五二・二* 五〇・九 一・九
三月二日 同 五一・〇 記載なし 一・〇
同月四日 同 五〇・九 四九・七 一・五
同月七日 四九・〇 四九・六 四八・九 一・〇
同月八日 四八・〇 四八・九 四七・九 一・三
同月一〇日 同 四八・八 記載なし 一・〇
透析患者は、一般的に、透析終了後から次の透析開始時までに、体重が三、四パーセント増加することがあるが、廣の場合は、尿の量が他の透析患者と比較して少なかったにもかかわらず、右のとおり、透析前後の体重の増加量はそれほど大きくはなかった。
5 肺炎及び肺水腫の発症
平成七年二月八日、廣の心胸郭比は、五九パーセントとなった(乙一)。
廣は、同月二三日、誤嚥性の肺炎を発症したため、担当医は、廣に対し、肺炎に対する抗生剤ペントシリンの投与を開始した(乙一)。
廣は、同月二四日、肺水腫を発症したため、担当医は、原告に対し、肺水腫に対する治療として透析による除水を行うとの説明をした。
6 気管内挿管及び気管切開
担当医は、廣が肺炎及び肺水腫を発症し、時々無呼吸の状態になることがあったことから、気管内挿管を施行し、呼吸の状態を確保していたが、平成七年三月九日、気管切開手術(気管を切開し、気管切開チューブ(以下「気管カニューレ」という。)を挿入し、呼吸状態を改善する方法)を行い、呼吸状態を改善する措置をとった。
気管カニューレを使用した呼吸管理は、廣が死亡するまでの間継続された。
7 内シャントの閉塞から死亡に至るまで
(一) 平成八年二月二三日午前六時、廣の人工血管は拍動がなくなっていた(乙一)。
同日午前九時ころ、西田医師は、廣の人工血管が閉塞したことを確認したため、両側鎖骨下静脈、右大腿静脈、右内頸静脈に透析用カテーテルの挿入(以下、これらの施術を単に「静脈穿刺」ということがある。)を試みたが、廣の血管の脆弱性等のため挿入することができなかった(乙一)。
そのため、担当医は、被告病院の血管外科の専門医に対し、皮膚切開によるクイントン・カテーテル(透析などに使用する目的で作られた二重構造のカテーテルで、血液の取り出し用と戻し用の二種のカテーテルが一本のカテーテル内に収容されていて、皮膚に固定することができ、また、血液を固まらせないように抗血液凝固剤(本件の場合はヘパリン)を入れて再度の使用が可能となるようにできている。)を留置するための手術を依頼し、血管外科医は、廣の右鎖骨部に皮膚切開を加えて腕頭静脈を露出し、直視下にクイントン・カテーテルを留置する手術(以下「右鎖骨下頭静脈露出術」という。)を行い、右手術は、同日午後三時三〇分に終了した。
担当医は、同日午後三時四七分、クイントン・カテーテルの留置部分を写すために、廣の胸部レントゲン写真を撮影した。
(二) 担当医は、同日午後四時、クイントン・カテーテルを使用して、透析を開始し(以下この透析を「本件透析」という。)、同日午後七時に終了し、廣は、同七時一五分に透析室から病室へと帰室した。
本件透析開始時点前後の廣の血圧は、収縮期血圧が一四〇mmHgから一七〇mmHg、弛緩期血圧が七〇mmHgから八〇mmHg(以下「一四〇~一七〇/七〇~八〇」のように記載する。)であり、その後の廣の血圧変化は次のとおりである。
時刻 血圧
同日午後四時四〇分 七六/五四
同五時五分 一〇八/七〇
同五時一〇分 九八/五六
同七時 一一五/五五
同七時一五分 一二三/九三
同八時 六〇/三二
同八時三〇分 七六/五〇
同八時四〇分 一〇二/六〇
(三) 同日午後八時四〇分ころまでに、右クイントン・カテーテルの刺入部及びその上部から二二〇グラム強の出血があり、また、そけい部から採血後のじわじわとした出血があった。
西田医師は、同日午後一一時三〇分、廣に二単位(四〇〇ミリリットル)の輸血を行い、同月二四日午前〇時一五分、さらに二単位(前同)の輸血を行い、同日午前三時二〇分に輸血は終了した(以下この輸血を「本件輸血」という。)。
本件輸血の前後における廣の血液検査の結果によるHb及びヘマトクリット値(以下「Ht」という。)は次のとおりである(乙一)。
Hb Ht
輸血前 六・八 二〇・九パーセント
輸血後 一一・一 三三・三パーセント
8 廣は、平成八年二月二四日午後一時四八分、死亡した。
二 主要な争点
1 肺水腫による障害の発生について
(原告の主張)
担当医は、廣が被告病院に転院した平成七年一月三〇日当時、廣にうっ血を認め、廣の心胸郭比も六九パーセントとなっていたのだから、肺水腫が発生する可能性のあることを念頭におき、胸部X線での所見、心胸郭比の大きさ、血圧等に細心の注意を払い、適切なDW及び除水量の設定及び管理をして透析を行うべき注意義務(具体的には、同年三月六日に設定された四九・〇キログラムを目標として、一月三一日の透析から廣の状態に応じて徐々に除水を開始すべき義務)があるのに、これを怠り、十分な除水をしなかったために肺水腫を発生させた。
その結果、廣は、気管内挿管及びその後の気管切開を余儀なくされ、気管切開手術による気管カニューレの挿入により、経口により食事をすること及び言葉を話すことが不可能になるとともに、生理的な防御反応から起こる咳嗽と喀痰に苦しめられ、これらは廣が死亡に至るまで続いた。
(被告の主張)
担当医は、廣の食事量、水分摂取量、発汗、便、血庄等の状態や日々の体重を検討しながらDWを設定しており、DW及び除水量の設定及び管理を適切に行っていたものであり、肺水腫は誤嚥性肺炎の合併症として発症したものである。
廣が経口による摂食をすることができなくなったのは、気管切開手術が原因ではなく、高齢、脳梗塞などによる嚥下機能障害が原因であり、気管切開手術により一時的に発声できなくなったが、言語機能の喪失もなかった。また、咳嗽と喀痰は、肺炎を原因として発症した左胸水及び左無気肺によるものであり、気管切開は呼吸状態改善のための最善の方法であり、喀痰の排出も多量にあったことから、気道閉塞のおそれもあり、呼吸管理上、抜管は困難であった。
2 出血によるショック死について
(原告の主張)
(一) 内シャントの閉塞
内シャントは透析に不可欠なものであり、被告病院は日頃から内シャントの使用に際し、十分な知識と経験に基づき細心の注意を払うとともに、常にその状況を把握してこれを閉塞しないよう維持すべき注意義務があるところ、平成七年一二月一八日の時点でグラフトの狭窄音が認められていたのであるから、抗血液凝固剤の投与を行い、その効果がなければ血栓の除去術等を行ったり、血管造影を行ってグラフトを広げる手術をすべきであったりしたのに、これらを怠って何らの処置も行わず、同八年二月二三日、内シャントを閉塞させ使用不可能とした。
(二) 静脈穿刺及び静脈露出術等による出血
静脈穿刺や鎖骨下頭静脈露出術は、危険を伴う処置であるため、緊急時に限って行われるべきものであり、担当医が廣の内シャント閉塞を生じさせる前に適切な処置を講じていれば、本来行う必要のない処置であったにもかかわらず、右(一)の過失により、廣の内シャントを閉塞させたため、担当医は、右鎖骨下静脈、右大腿静脈、右内頸静脈等へ穿刺したり、右鎖骨下頭静脈露出術を施行することになり、クイントン・カテーテルを挿入して透析を行う事態を発生させた。
そして、静脈穿刺及び右鎖骨下頭静脈露出術を行ったことにより、本件透析開始前に、多数の穿刺及び切開箇所から大量の出血を生じさせた。
(三) ヘパリンの使用による出血の助長
また、廣には、内シャントが閉塞した当日である平成八年二月二三日に、透析を行わなければならない緊急性はなく、また、本件のような手術後など出血の危険がある場合に、透析のための抗血液凝固薬を使用するときには、出血助長作用が短時間に限定されるフサンを用いるべきであり、出血助長作用が強力かつ長時間にわたり持続するヘパリンを使用すべきではないにもかかわらず、担当医は、右鎖骨下頭露出術のわずか三〇分後には、ヘパリンを大量に使用して、出血中の廣に対して本件透析を行い、廣の出血をさらに助長させた。
(四) 止血措置を怠ったこと
担当医は、静脈穿刺による出血及び右鎖骨下頭静脈切開により生じた内出血に対する処置や右静脈切開部分の縫合等の止血措置をとり、系時的な血液検査及び血圧測定を行うべきであったのに、これを怠り、止血措置をとらなかった。
(五) 輸血措置を怠ったこと
担当医は、多数箇所への静脈穿刺による出血を見ており、廣には右(二)ないし(四)の経緯により、少なくとも八〇〇ミリリットルから一一〇〇ミリリットル以上という多量の出血が生じていたのであるから、直ちに血液検査を行い、HbやHtの値が下がってきていたら、出血性ショックが生ずることを十分に想定して、輸血の準備を行い、本件透析開始後間もなく著しい血圧低下が生じた時点(平成八年二月二三日午後四時四〇分)で速やかに出血に対応する相当量の輸血を行うべきであったのに、これを怠り、同日午後一一時三〇分まで輸血を行わなかった。
(六) 出血によるショック死
廣は、右(一)ないし(五)の経緯のとおり、一連の処置に伴う大量の出血からショック状態に陥り、これに対する輸血実施の遅れによって、出血によるショック状態が不可逆的になり出血性のショックにより死亡したものである。
(被告の主張)
被告病院は、翼状針を使用し、穿刺が同一部位とならないよう工夫したり、抗血液凝固剤を使用するなど、廣の内シャントについて細心の注意を払ってきた。
静脈穿刺部分や腕頭静脈切開部分等からの大量出血はなかった。
静脈穿刺の方法による透析用カテーテルの挿入は、内シャントが閉塞した場合などに、通常一般に行われている処置で、ベッドサイドで安全に挿入でき、その確実性、簡易性等から見て、もっとも信頼される方法であり、西田医師は、右処置を原告に説明し、十分な配慮の下に施行した。また、右鎖骨下頭露出術を行ったのは、被告病院の血管外科の専門医であり、右手術後、胸部レントゲン写真を撮影し、穿刺部分に腫脹出血、内出血、血腫などの出血の所見がないこと等を確認している。
ヘパリンの投与量は適切であり、透析開始時、廣の状態は、透析を行うこと及びヘパリンを使うことについて何らの問題はなかったのであり、ヘパリンの使用により出血を助長したことはない。
廣から大量出血した事実はなく、じわじわとした出血の程度であったのであり、これらの出血症状に対し、担当医及び被告病院の看護婦らは、砂のう圧迫やトロンビン末の散布等の止血剤の使用等により適切な止血措置を行っている。また、右鎖骨下頭露出術を行った血管外科医は、切開部分について、止血を確認した上で縫合している。
担当医が行った輸血措置は、輸血量及び輸血を実施した時期ともに適切であった。
廣から大量出血した事実はなく、廣のショック状態は、出血によるものではなく、心臓のポンプ機能低下から、末梢循環不全さらに主要臓器の機能低下をきたす悪循環に陥った心原性ショックによるものであり、廣は慢性腎不全に基づく心機能不全に陥り、急性心不全により死亡したのである。
3 損害額
(原告の主張)
廣は、右1の事故により言語及び咀嚼の機能を失い筆舌に尽くしがたい苦痛を受けた上、右2の事故により死亡させられたものであり、右1、2の事故により次のとおり損害を被った。
逸失利益 五二四万一三七九円
慰謝料 九四七五万八六二一円
合計 一億円
また、原告自身が右1、2の事故により被った損害は、次のとおりである。
廣の葬儀費用 一二〇万円
弁護士費用 三二〇万円
慰謝料 三〇六〇万円
合計 三五〇〇万円
第三争点に対する判断
一 争点1について
1 前記第二、一争いのない事実等、証拠(甲四一、四二、九五、乙一ないし四、六ないし八、二〇、二一、証人井上通泰(以下「証人井上」という。)、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 担当医によるDWの設定
担当医は、廣が被告病院に転院した日の翌日である平成七年一月三一日、内シャントを使用した透析を開始し、以後、週三回のぺースで透析を行った。
DWの設定には、通常、一、二か月の観察期間が必要であり、また、食事量、水分摂取量、発汗、便等の状況を総合して判断する必要があるところ、担当医は、廣の食事量、水分摂取量、発汗及び便等の状況や血圧等の容態を見ながら、次のとおりDWの設定を行った。
(1) 駒込病院から「透析条件として、DWは五五・四キログラムであり、DWを下げていくと、透析中、血圧が低下することがある」との申し送りがあったことから、同病院からの申し送りに従い、右同日、DWを五五・四キログラムと設定した。
(2) 同年二月二日、廣の食事量、発汗、便や尿などの一連の状態を見ながら、DWを五五・〇キログラムに減少した。
(3) 同月八日、廣の心胸郭比は、転院当時から一〇パーセント減少して五九パーセントとなっていたが、同月一一日、DWを五四・五キログラムに減少した。
(4) 同月一八日、血圧などの状態により、DWを五三・五キログラムに減少し、さらに、同月二一日、五三・〇キログラムとした。
(二) 誤嚥性の肺炎及び肺水腫の発症と担当医の処置
井上医師は、同月二三日、廣の胸部レントゲン写真上、肺に炎症所見が認められたこと、CRP(C反応蛋白検査。炎症をあらわす検査の方法で、正常値は〇・八以下である。)の結果が七・四であり炎症の所見を示していたこと、廣には多発性脳梗塞に伴う嚥下障害の症状が認められていたことなどから、廣が誤嚥性(吸引性)の肺炎を発症していると診断し、同日、原告に対し、レントゲン写真などを示しながら、廣が誤嚥性の肺炎を発症したこと、高齢であり予備能力が低下しており危険な状態であることなどを説明した。
担当医は、同日、廣を禁食にするとともに、肺炎に対する治療として、同日夕方から同年三月一六日までの間、ペントシリン二グラムを一日二回、廣に投与した。
廣は、同月二四日、肺水腫を発症したため、担当医は、肺水腫に対する治療として、透析による除水を行い、また、肺炎の発症により呼吸状態も悪く、時々無呼吸の状態があらわれたため、気管内挿管を施行し、人工呼吸器により廣の呼吸状態を確保した。
その後、肺水腫は、除水により改善してきたが、抗生剤の投与にもかかわらず肺炎はあまり改善せず、肺炎を原因とする喀痰の排出、左無気肺、左胸水等の症状があらわれるなどして、呼吸状態の改善はみられなかった。
(三) 気管切開手術及びその後の廣の状態
気管内挿管後、廣の意識状態は改善してきたものの、肺炎を原因とする喀痰の排出、左胸水、左無気肺などの症状があらわれ、呼吸状態はあまり改善しなかったことや、気管内挿管の方法による呼吸管理が二週間ほどになり、気管内挿管が長期化すると、喀痰の吸引がしにくくなり、無呼吸となってガス交換の能率が悪化するなどの事情があり、気管切開手術の必要性があったことから、同年三月八日、担当医は、原告に対し、その旨説明し、同月九日、原告の承諾を得た上、気管切開手術を行い、気管カニューレを挿入し、呼吸状態を改善する措置をとった。
気管切開後、肺炎により発症した左胸水、左無気肺を原因とする分泌物が、気管切開部分や気管カニューレから排出することがあった。
また、廣は、喀痰の量が多くその排出が困難であったことから、頻繁な喀痰吸引を必要とし、喀痰による気道閉塞のおそれもあったことから、気管カニューレを使用した呼吸管理を中止することは困難であり、気管カニューレを使用した呼吸管理の方法は、廣が死亡するまでの間継続された。
気管切開は、食道など食物の通過する部分に何ら侵襲を加えるものではなく、通常は経口により食物を摂取することが可能であり、咀嚼機能自体を喪失させるものではなく、また、廣は、気管切開により、一時的に発声をすることができなくなったが、言語機能自体を喪失してはいなかった。
そこで、気管切開後、原告は、廣に対し経口による摂食を試みたことがあったが、高齢や脳梗塞を原因とする嚥下機能障害のため、気管カニューレから吹き出してしまい、摂食させることができなかった。また、原告は、廣に対し、スピーキングカニューレを使用してしゃべることができるように試みたことがあったが、廣は発声することができなかった。
2(一) 右1で認定した事実及び前記第二、一争いのない事実等によれば、担当医は、転院直後は転院前の病院の申し送りに従い、その後は、廣の食事量、水分摂取量、発汗及び便等の状況や血圧等の容態を見ながら、DWを漸次減少させながら除水を行っていること、廣の体重は透析前後でそれほど増加しておらず、前記第二、一4のとおり実施された透析による除水量は少ないものではなかったこと、被告病院で透析を実施したことにより、被告病院への転院当時に比べて、心胸郭比が減少していることが認められる。
(二) また、DWの設定は、当該透析患者の循環血液量を決定することとほぼ同義であり、DWを適切に設定していれば循環血液量の増加はなく、短期間で血液中の赤血球量や総蛋白量は増加しないので、循環血液量が増加した場合にはHbやTpが減少するところ(乙二一)、前記第二、一2の事実及び証拠(乙一)によれば、被告病院へ転院前の平成七年一月二五日のHb及びTpは、それぞれ九・三及び六・二であり、転院後の同年二月一四日のそれらは、それぞれ九・四及び六・三であり、同月二二日のそれらは、それぞれ九・四及び六・二であり、これらの数値にはほとんど変化が生じていなかったことが認められ、これらの事実によれば、被告病院への転院前から肺水腫を発症する二日前まで循環血液量の増減はほとんど生じていなかったと認めることができる。したがって、担当医は、DWの設定を漸次低下させることにより、転院前とほぼ同程度の循環血液量を維持していたものということができ、また、右(一)の事実もあわせ考えると、担当医のDW及び除水量の設定は適切であったということができる。
(三) そして、前記1で認定した事実及び証拠(乙二一、証人井上)によれば、廣は、脳梗塞による嚥下障害があり、誤嚥しやすい状況にあり、慢性腎不全による免疫能力の低下、低栄養の状態、高齢等の理由により、誤嚥性の肺炎を発症しやすい状況にあったこと、廣のように全身や心臓の状態が悪い場合には、肺炎により水分が血管内からの間質に移動し、その合併症として、肺水腫を発症することもあることが認められ、前述のとおり担当医の廣に対するDW及び除水量の設定が適切であったこともあわせ考えると、廣の肺水腫が右誤嚥性の肺炎の合併症として発症した可能性は極めて高いということができる。
(四) 以上によれば、担当医のDW及び除水量の設定及び管理が不適切であったということはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
そうすると、争点1に関するその余の点について判断するまでもなく、争点1についての原告の主張は理由がない。
二 争点2について
1 前記第二、一争いのない事実等、証拠(甲三一、四一、四二、九五、乙一ないし四、六ないし八、二〇、二一、証人井上、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 内シャントの閉塞
平成七年一二月二八日、廣の人工血管に狭窄音が認められた。
平成八年一月三日、廣の人工血管の流量が減少し始めた。
同月五日及び一二日、担当医及び被告病院の看護婦らは、血栓溶解剤であるウロキナーゼの使用を検討したが、ウロキナーゼの副作用による出血の危険性を考慮してウロキナーゼの投与をしなかった。なお、廣は、週三回の透析を受けており、その透析において、毎回抗血液凝固剤であるヘパリンが投与されていた。
担当医は、同年二月九日から同月一二日までの間、毎日、ウロキナーゼ一二万単位を投与した。
同月一二日、シャントの血流は良好であった。
同月二三日午前六時の看護婦巡視時、廣の人工血管の拍動はなくなっており、同日午前九時ころ、西田医師は、廣の人工血管が閉塞したことを確認した。
(二) 静脈穿刺及びクイントン・カテーテルの挿入について
そこで、西田医師は、両側鎖骨下静脈、右大腿静脈、右内頸静脈に透析用カテーテルの挿入を試みたが、廣の血管は、高齢、血管の脆弱性、血管の蛇行等のため、挿入することができなかった。静脈への穿刺は、合併症も少なく、内シャント閉塞の場合に非常に頻回に使用される方法であり、ベッドサイドで挿入することができ、その確実性、簡易性等からみて最も信頼される方法であった。
担当医は、同日午前一一時三五分ころ、廣に経管栄養を開始し、同日午後零時、終了した。
担当医は、静脈穿刺の方法により透析用カテーテルを留置することができなかったので、被告病院の血管外科の専門医(一和多医師)に対し、皮膚切開によるクイントン・カテーテル留置のための手術を依頼し、右依頼を受けた血管外科医は、廣の右鎖骨部に皮膚切開を加え腕頭静脈を露出し、直視下にクイントン・カテーテルを留置し、切開部の止血を確認した上で縫合し、同日午後三時三〇分、右処置は終了した。
担当医は、同日午後三時四七分、廣の胸部レントゲン写真を撮影し、このレントゲン写真により、カテーテル挿入により起こる出血による血胸や気胸、肺の一部の損傷などがないことを確認した。その際、カテーテルの刺入部に腫脹出血などの所見は見られなかった。
(三) 本件透析の開始と血圧の低下
担当医は、廣の血圧や出血の状況等を十分観察し、廣が透析を受けることができる状態にあることを確認した後、同日午後四時、クイントン・カテーテルを使用して、本件透析を開始した。
本件透析中、右鎖骨部の切開部分からガーゼに染みる程度のじわじわとした出血があったことから、担当医は、砂のう圧迫やトロンビン末の散布など止血剤を使用して止血措置を行った。
本件透析後の午後四時四〇分ころ、廣の血圧は急激に低下したが、担当医は、廣に対し、生理食塩水や昇圧剤であるイノバンを投与して、廣の血圧維持を図り、その後も廣の血圧の状態に継続的に注意を払い、イノバンの投与等を継続し、透析終了時点には、廣の血圧はある程度の回復を見せた(前記第二、一7(二))。透析の開始に伴い、循環血液量は、除水量と間質から血管内へ移動する水分量との差だけ減少するが、廣のように高齢であり、長期臥床を伴う患者の場合は、間質から血管内へ移動する水分量が少なくなるため、その分、循環血液量の減少が大きくなり、静脈還流量も減少して、心拍出量が低下し、血圧低下を起こすことがあり、廣の場合も、本件透析以前にも、透折中に、急激な血圧低下を起こすことが何度かあったが、イノバンの投与や補液等によって、血圧は回復していた。
(四) 本件透析終了後から死亡に至るまで
廣は、同日午後七時に本件透析を終了し、同七時一五分に透析室から病室へと帰室した。この時のクイントン・カテーテルの刺入部からの出血は、ガーゼに少量を認める程度であった。
同日午後八時、廣の血圧は低下し、同八時三〇分、廣が一時呼吸停止の状態となったので、アンビューにて加圧呼吸とするとともに、心電図のモニターを開始し、血液ガス分析を行った。
同八時四〇分、イノバンの投与を行い、酸素吸入を開始した。また、カテーテル刺入部及びその上部の刺したところから二二〇グラム強の出血及びそけい部の採血あとからじわじわとした出血が認められたことから、右出血部分に砂のう圧迫やトロンビン末を散布し、止血措置をとった。
同日午後一〇時一〇分、木村式レスピレーター(小型のレスピレーターで電池でも動くため、移動時にも使用可能であり能率も比較的良い。)を装着するとともに、血液ガス分析を施行した。
西田医師は、同日午後一一時三〇分、廣に二単位(四〇〇ミリリットル)の輸血を開始するとともに、血液検査を行い、翌二四日午前〇時一五分、さらに二単位(前同)の輸血を開始し、同日午前三時二〇分までに合計八〇〇ミリリットルの輸血を行った。
担当医は、この後も、廣の血圧低下に対し、昇圧剤の投与や補液等により、血圧の回復につとめたが、廣は、同日午後一時四八分、死亡した。
被告病院には、平成八年二月二三日夜から同月二四日にかけて、当直医が在院していたほか、西田医師も、重症当直として、帰宅せずに在院しており、両名が廣を担当した。
2(一) 内シャント閉塞について
右1で認定した事実及び証拠(乙一、証人井上)によれば、平成七年一二月二八日の時点で、廣の人工血管には狭窄音が認められていたこと、平成八年一月三日には、廣の人工血管の血流量が減少し始めたこと、廣に対して血栓溶解剤であるウロキナーゼの投与が開始されたのは、狭窄音が認められた約五週間後である同年二月九日であったことが認められる。しかし、担当医及び被告病院の看護婦らは、廣の人工血管の血流について常に注意を払っており、血流量の減少を認めたときには、出血という副作用をも考慮した上、必要に応じて血栓溶解剤であるウロキナーゼの投与を行い、血流量の増強を図っていること、廣のように高齢で慢性腎不全、多発性脳梗塞、高血圧等の疾患を有している患者の場合、手術侵襲はできるだけ避けることが好ましく、造設されている内シャントを可能な限り使用して、経過観察をしながら対応するのが通常であるところ、担当医は、血流量の減少を認めても、十分透析を行うことができると判断して経過観察としたものであり、担当医らは廣の内シャントを放置していたものではないこと、担当医は、内シャントの狭窄状況を観察しており、外科的処置の必要があれば外科の専門医に相談して対処する準備をしていたこと、DWの過剰低下や極度の貧血改善の措置もとられていないことが認められ、これらの事実に照らして考えると、廣の内シャントの管理について、担当医及び被告病院の看護婦らの処置が不適切であったと認めることはできない。
この点、原告は、血栓の除去術等を行ったり、血管造影を行ってグラフトを広げる手術をしたりすべきであったと主張するが、前記認定のとおり、担当医らは、廣の身体の状況や内シャントの状況に常に注意を払っており、適宜、必要な処置をとっているのであり、原告が主張するような処置をとっていないからといって、直ちに担当医らの処置が不適切であったと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠もないから、原告の右主張は採用することができない。
(二) 静脈穿刺及び右鎖骨下頭静脈露出術等による出血について
前記1で認定した事実及び証拠(証人井上)によれば、内シャントが閉塞した場合には、透析用カテーテルの挿入は不可欠であること、カテーテル挿入のための静脈穿刺は、合併症も少なく、頻回に行われる簡易かつ確実な方法であり、ベッドサイドで行うこともできること、西田医師は、カテーテル挿入のための静脈穿刺を頻回に行ったことがあり熟練していたこと、西田医師は、廣の血圧等の状況を見ながら、一番適切な場所を検討して穿刺を行っていること、西田医師が静脈穿刺に成功しなかったのは、廣の血管の状況によるものであることが認められ、これらの事実によれば、西田医師が透析用カテーテル挿入のため静脈穿刺の処置をとったことが不適切であったということはできない。
また、鎖骨下頭静脈露出術を実施したことについては、右露出術を担当したのが被告病院の血管外科専門医であり、要した時間も長時間にわたるものではないこと、右血管外科専門医は、クイントン・カテーテル挿入後、直ちに、廣の胸部レントゲン撮影を行い、カテーテル留置部分を確認するとともに、カテーテルの挿入による出血により血胸、気胸、肺の損傷等が生じていないことを確認していること、担当医及び右血管外科専門医は、廣の状態が右露出術を行うのに不適切な状況ではないことを確認した上で、右露出術を行っていることが認められ、これらの事実によれば、右鎖骨下頭静脈露出術を行い、クイントン・カテーテルを挿入したことが不適切な処置であったと認めることはできない。
(三) ヘパリンの使用について
前記1で認定した事実及び証拠(乙一、証人井上)によれば、本件透析において使用されたヘパリンの量は一六〇〇単位(通常の使用量は、四〇〇〇単位である。)であり、通常の透析時の使用量よりも少量であったこと、担当医は、廣の状態を観察し、血腫がなく、出血も止まっているなどその経過を観察しながら、ヘパリンを使用していること、担当医は、透析開始前、廣の血圧や出血の状況等を十分観察し、廣が透析を受けることのできる状態にあることを確認した上で本件透析を開始していること、静脈穿刺や静脈切開手術を行った当日であっても、必要があれば透析を実施することがあり、平成八年二月二三日に本件透析を行ったことが、異常な措置ではないことが認められ、また、入院診療録(乙一)等にも、ヘパリンにより出血が助長されたことを窺わせる記載がないことも考えあわせると、ヘパリンの使用により廣の出血を悪化ないし助長させた、あるいは、本件透析を行ったことが不適切な処置であったと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。
なお、原告は、トロンビン末等の止血剤と抗血液凝固剤であるヘパリンを併用したことも問題とするが、担当医は、ヘパリンを大量に使用する場合は慎重に投与しなければならないことを認識した上で、ヘパリンを少量使用し、その後相当経過してからじわじわとした出血に対する治療としてトロンビン末等の止血剤を使用しており、臨床的にも、右のような治療が行われていることもあわせ考えると、右のように併用したことが不適切な処置であったと認めることもできない。
(四) 止血措置について
前記1で認定した事実及び証拠(乙一、証人井上)によれば、右鎖骨下頭静脈露出術を行った血管外科医は、クイントン・カテーテル挿入部分を縫合した後、胸部レントゲン撮影により、腫脹出血、内出血及び血腫などの出血が認められないことを確認していること、担当医及び被告病院の看護婦らは、切開部分等からの出血に対しては砂のう圧迫やトロンビン末など止血剤の塗布などの止血措置を施していることが認められ、後述するように、これらの措置以上の止血措置を必要とする大量出血があったと認めるに足りる証拠がないことからすると、担当医らが行った止血のための措置が不適切であったと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(五) 輸血措置について
前記第二、一争いのない事実等7(三)及び証拠(乙一、証人井上)によれば、廣に行った八〇〇ミリリットルの輸血により、Hb及びHtは、平成八年二月五日の水準(Hb一〇・八、Ht三三・八パーセント)にまで回復していることが認められ、後述するように、本件輸血時以前に緊急に輸血を行わなければならないような大量出血があったと認めるに足りる証拠はないことに照らして考えると、輸血の量及び時期等が不適切であったと認めることはできない。
(六) 出血によるショック死について
前記1で認定した事実及び証拠(乙一)によれば、本件透析中からクイントン・カテーテルの刺入部からじわじわとした出血があり、透析後である午後九時一〇分ころにも、じわじわとした出血が続いていたこと、午後八時四〇分、カテーテル刺入部及びその上部の刺したところから二二〇グラム強の出血及びそけい部の採血あとからじわじわとした出血があったこと、井上医師が午後七時四〇分に帰宅する際、看護婦らに対し、止血のための薬剤を点滴するように指示していることが認められ、これらの事実からすれば、廣にはじわじわとした出血が続いていたことが認められる。
しかしながら、前記第二、一争いのない事実等、前記1で認定した事実及び証拠(乙一、証人井上)によれば、静脈穿刺や右鎖骨下頭静脈露出術などカテーテル挿入のための手術を行った後である午後四時(本件透析開始時点)前後の廣の血圧は、一四〇~一七〇/七〇~八〇であり、本件透析開始以前に顕著な血圧低下は認められないこと、透析開始後に、急激な血圧低下が発生しているが、以前にも廣は透析中に急激に血圧が低下することがあったこと、担当医は、透折中の血圧低下に対し、昇圧剤の投与などにより血圧回復を図り、廣の血圧は、午後七時の本件透析終了時には一一五/五五に回復し、透析室から病棟へ帰室した午後七時一五分には一二三/九三に回復していることが認められ、これらの事実によれば、透析中の血圧低下は、大量出血を原因とするものではなく、透析に伴う血圧低下である可能性が極めて高いということができ、少なくとも、本件透析終了時までに原告が主張する大量の出血があったと認めることはできない。
そして、前記認定のとおり、担当医及び被告病院看護婦らの行った止血措置や輸血措置が不適切であったとは認められないこと、大量の出血を原因とする血圧低下があった場合には、昇圧剤の投与によっても血圧の上昇を図ることができないところ(証人井上)、本件では、透折中の血圧の急激な低下に対して、生理食塩水や昇圧剤であるイノバンの投与によって、透析終了時点までにある程度血圧は回復し、その後も断続的に取られた昇圧のための措置により、午後八時四〇分の時点において、廣の血圧は一〇二/六〇まで回復していることが認められ、さらに、入院診療録(乙一)には、廣に大量の出血があったことを窺わせるような記載がないこともあわせ考えると、廣に出血性のショック死に至るような大量の出血があったとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
3 したがって、争点2に関する原告の主張も理由はない。
三 原告は、主要な争点1及び2のほか、次のような主張をするので判断する。
1 気管内挿管及び気管切開手術についての説明義務違反について
原告は、担当医は、原告に対し、廣の容態及び気管切開手術について虚偽の説明を行い、気管切開手術の危険性及び予後に関する説明を行わず、これらは説明義務に違反すると主張するが、前記一1で認定した事実によれば、担当医は、原告に対し、廣の容態及び気管切開手術の必要性について、適切かつ十分な説明をしていることが認められ、また、原告も、その本人尋問において、担当医から誤嚥性肺炎についてレントゲン写真などを示されながら説明を受け、気管切開手術の説明も受けた旨供述していることからすれば、担当医が説明義務に違反したと認めることはできず、原告の右主張は採用することができない。
2 嚥下性肺炎に対する抗生剤ペントシリンの投与により痙攣を生じさせたことについて
原告は、廣が誤嚥性肺炎を発症した際、担当医が、細菌検査や感受性検査も行わず、肺炎に対する抗生剤であるペントシリンを投与し、そのペントシリンの副作用としての痙攣を廣に発生させたと主張するが、証人井上の証言によれば、肺炎を発症しても、二週間程度はレントゲン等の所見を見ながら、肺炎に一般的に効く薬を使用して経過観察するところ、担当医は、レントゲンなどの所見を見ながら、肺炎に効果があるペントシリンを投与していたこと、ペントシリンの投与によって廣の肺炎は徐々にではあるが改善したことが認められ、これらの事実によれば、ペントシリンの投与が、直ちに、不適切な処置であったと認めることはできない上、廣は高齢で多発性脳梗塞等の疾患があり、肺炎も発症し、全身状態が低下していたのであって、それらを原因として痙攣の症状があらわれた可能性も否定することができないのであるから、廣に発生した痙攣が抗生剤ペントシリンの副作用として生じたものと認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
したがって、原告の右主張は採用することができない。
3 静脈穿刺及び右鎖骨下頭静脈露出術について、原告にインフォームドコンセントが実施されなかったことについて
原告は、担当医が静脈穿刺及び左鎖骨下頭静脈露出術等の処置を行う際、事前に原告に説明をしなかったことが説明義務に違反すると主張するが、前記二で認定した事実及び証拠(原告本人)によれば、静脈穿刺は、合併症も少なく、ベッドサイドで行うことができる確実かつ簡易な方法であること、右鎖骨下頭静脈露出術は、廣に透析を継続するための適切で不可欠な処置であること、担当医は、原告に対し、本件透析開始前に、内シャントが閉塞したこと及びクイントン・カテーテルを挿入したことを説明していることが認められ、これらの事実に照らして考えると、原告に事前の説明を行わなかったことが直ちに説明義務に違反する違法なものであるということはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はないから、原告の右主張は採用することができない。
4 高カリウム血症を生じさせたことについて
原告は、担当医が、カリウムを抜かない血液を廣に輸血して、廣をカリウム血症に陥らせ、その結果、廣の死の転帰に追い打ちをかけたのであり、担当医としては、カリウムを除去した血液を使用して輸血を行うべきであったと主張するが、高カリウム血症が死因であること及び高カリウム血症により、死の結果を早めたことを認めるに足りる証拠はなく、また、証人井上の証言によれば、本件輸血を行う当時、廣は既に血圧低下や呼吸停止を起こしており、廣に対し抜本的な治療を行うことは困難であったこと、本件輸血についても緊急措置として行われたものであることが認められ、これらの事実によれば、担当医が、本件輸血において、カリウムを除去しない血液を使用したことが不適切であったと認めることができず、他にこれを認めるに足りる証拠もないので、原告の右主張は採用することができない。
5 被告病院の廣に対する本件輸血後の処置について
原告は、井上医師が透析担当医として、自ら施した処置によって出血性ショックが発生しうることを想定して、廣の経過観察を行い、様態の変化に応じて臨機応変な処置をとらなければならないにもかかわらず、留意すべき血圧測定、脈拍の触知等さえも看護婦に指示することなく帰宅してしまったことや死亡直前に心室細動に対する措置として直流除細動を行わなかったことなど透析終了後の担当医の処置を問題とするが、前記二で認定した事実及び証拠(証人井上)によれば、平成八年二月二三日夜から同月二四日にかけて、被告病院には当直医がいて、当直医が対応することになっており、必要があれば帰宅した井上医師に連絡する体制がとられていたこと、当直医のほかに重症当直として西田医師が居残り、当直医と共に廣を担当していたこと、井上医師は、同月二三日午後七時四〇分に帰宅する際、廣を担当する看護婦に止血のための薬剤を点滴するように指示していること、廣は死亡直前には血圧もほとんどふれず心臓も停止しているような状態であり、直流除細動を行う適性がなかったことが認められ、これらの事実によれば、本件輸血後に担当医らが廣に対してとった処置が不適切であったと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
したがって、この点に関する原告の右主張も採用することができない。
四 結論
以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないから、これらを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 下田文男 裁判官 田代雅彦 裁判官 岩崎慎)